僕に叱られた家族
2010年11月下旬、知人の紹介で来たという若いご夫婦は、一階美容室の裏手階段を登った事務所の応接椅子に腰かけると、61才の父親が末期癌で余命3週間と言われ今日の夜、母親の友人が紹介してくれた葬儀屋に決める前に相談したいと来てくれたようです。
相談する際の注意点などを伝えましたが家族の言動に違和感があります。父親と過ごせる時間は3週間、確かに葬式の準備は大切だけど、それ以前に自分達が後悔しない為の過ごし方があるはずなのに家族全員が葬式の事で頭が一杯のようです。
「葬式も大事だけど、後悔したくなければ、お父さんとの時間を最優先させたほうが良いよ」そう伝えて帰った翌日、長男から電話で自宅に来て母親と話して貰えませんか? とのことです。
翌日午後7時事務所から車で40分ほどの距離にある自宅に到着、街中の裏路地にある自宅では長男夫婦、弟2人、母親の5人が待っており部屋にお邪魔しました。
1階は1部屋で台所も全て見え、トイレも扉一枚のようで初めての我々ではトイレを借りるのは無理、言葉にはしませんが『変わった造りだなぁ』と思っていると長男が言います。
「倉庫を改修した家だから全て丸見えですけど、父親が事業に失敗したからなんです」
なるほどぉ、そんな理由があったのかと軽く挨拶してテーブルを囲んで座ると、お茶を出してくれたお母さんがいきなり言います。
「昨日来た葬儀屋さんは斎場葬式には受付を2人無料で用意してくれると言ってました」
「はぁ? 何の話しですか、まだ何も決まってないのに受付なんてどうでも良いですよ」
そう言って母親の顔を見ると少しムッとした表情に変わったようです。
「ところで僕を呼んだのは受付の話しではないですよね?」
母親はさらにムッとした顔、受付うんぬんの流れになると一般葬確定、まず葬式形態の概念を解除して話さないと、まともな相談にならないと考えていると長男が口を切ります。
「母親は全財産100万円で出来る葬式をしたいと言い、葬儀屋さんも、それが供養になると言ってたけど、父親は葬式は要らない火葬だけで良いと言ってたんですよ」
なるほどぉ、昨日の違和感の原因が分かりました。子供達は父親の意思通り火葬で良いと主張、でも妻は出来る限りの事をしてあげたいと対立した数日間を過ごしたのでしょう。違和感の原因が間違ってないと分ったので口を開きます。
「ある程度の話しは理解できましたが、昨日長男夫婦の話しを聞いて感じた違和感が間違って無かったと分ったし、根本的な部分に間違いがあると感じるので僕の話しを少し聞いて貰って良いですか?」
と言うと全員が話しを止めコクリッと頷きます。
「お父さんは余命3週間、なら葬式の打合せより大切にすべき時間があるでしょ!? 良いですか、あと3週間後でお父さんと話しも出来ないし、声だって聞けなくなるんです」
「だから今、みんなが一番に考えるべきは、少しでもお父さんと一緒に過ごす事じゃないの?」
「お母さんは家にある写真やアルバムを全て病院に持って行き、結婚前、夫婦として、更に長男、次男、三男と生まれ数十年の家族の歴史を一枚、一枚の写真で遡って話す日々を過ごす」
「子供達は仕事が終わったら消灯時間過ぎでも良いから病室に行き、息子として、男同士として、人生の先輩として今しか出来ない話しをする事だよ」
「今から少しでも沢山の思い出を作ること、皆は看病とでも思ってるようだけど、もう看病が大事な時期は過ぎちゃったんだよ」
「食べたい物があったら食べさせ、行きたい場所があれば無理矢理許可を取ってでも連れて行き、もし途中で死んだとしても父の望みを叶えようとした事なら後悔は残らないはずだよ」
「父親が逝った時、後悔でなく達成感や満足感が残せる可能性がある唯一の3週間だよ違う!? それ以外の時間で葬式相談なんてすれば良いんじゃないの?」
そう語る僕の目からは涙が溢れ、話しを聞く全員、つい先ほどまでムッとしてたお母さんでさえ、目を真っ赤にして涙ぐんで誰も言葉すら発しません。僕の話しは更に続きます。
「お母さんは全財産100万円を使って出来る限りの葬式をしたい、気持ちは良ーく分りますが、自分が病気になる可能性はゼロですか? 予想外の出費は絶対にありませんか?」
「葬式後、お母さんが病気になっても、お金が無くて病院に行けない姿を見たお父さんはどう思いますか? そこまでして豪華な葬式をして欲しいと言いますか?」
「だから無理は絶対に駄目なんです。それから、自己破産したって言ってましたけど、豪華な葬式を債権者が見たらどう思うでしょうか」
「お父さんも葬式不要と言ってるなら、お母さんの気持ちと合せ、一旦全て白紙に戻して検討し直す時間は充分にある。火葬だけでも良いけど、お母さんの気持ちを考えると、この部屋で家族葬でも良いと思う。これが受付の話なんてと言った理由です。いかがですか?」
すると、お母さんが言います。
「家が好きな人だから、その時は家でゆっくりさせてあげたいと思ってるんですよ。でも、本当にこんな場所でお葬式できますか?」
「はい、充分できると思います。心配なら明日の夜にでも図にしてお見せしましょうか?」
「はい、ありがとうございます。どうか宜しくお願いします」
と穏やかな口調で深々と頭を下げたお母さん、わずか10分ほど前、僕にムッとしていた人が今は素直に話しを聞き心を開き始めています。
そこからはお父さんの話題、思い出話し、引っ張り出してきたアルバムには、お父さんが鹿の角のカチューシャを頭に乗せた笑顔のクリスマス写真もあります。
この家族、父親の事業失敗で迷惑を掛けた親戚から、何かにつけて父親の悪口を聞かされてきた事が家族の絆を強めている気がします。家族が思い出話しに花を咲かせているのを遠くで聞いているような感覚の中、僕が中学3年15才で家業倒産した日の事が頭に蘇ってきました。
中学3年で家業倒産
55年前の霧雨が降る午前0時、スーパーのシャッターはガラガラと音を立てて開けられ、店の周囲に駐車してた車内から一斉に人が飛び出し、我先に店内の商品を各自の車に詰め込む姿を見ながら『これが倒産かぁ』と傘も差さず他人事のように眺めていました。
翌日にはスーツ姿の人達が来て、学業関係以外の家財全てに金額を書き入れ赤い紙を貼られ差し押さえで家屋敷は全て人手に渡り、祖父母と僕、母親と姉妹の別居生活、当の父親は倒産前夜に単身で蒸発、家族と生活したのはわずか10年間。
ただ倒産直後~高校生になるまでの記憶は殆どなく、引っ越しも覚えてませんから、人間は嫌な記憶を強制的に消し去るのでしょうか?
倒産で嫌だったこと
倒産した事より外を歩くと大人達が僕のほうを見てコソコソ話す姿、親戚にも迷惑を掛けたのでしょうか、逢うのは親族の葬式だから酒が入ると父親の悪口、何処にいるか知らないかと聞かれる度に嫌で、その後は親戚付き合いも殆どしなくなりました。
この家族も同様の経験をしているようで何となく親近感もあり、僕の経験則を活かしつつ、心ない親戚から守ってあげたり、この経験が家族一人ひとりの糧になって欲しいと思いながら、父親との思い出話しを遠くで聞いてるような時間を過ごしました。
2カ月頑張ったお父さん
翌日図面を持っていくと「言われた通りアルバムを持って行ってきました」の報告をするお母さんの笑顔に救われた気もするし、すぐに行動に移した所を見ると素直な人なのでしょう。
あと2日で年が明ける年末、出先きで偶然次男と逢ったので聞きます。
「お父さん元気か?」
「元気ではないでしょうけど我が侭になって母さんと喧嘩してますよ」
「うんうん、みんな毎日病院通いしてるんだね」
「あ、はい、、」と怪訝そうな顔をしてました。
正月も明けた1月24日夜、父親逝去の一報で50分の距離にある病院へお迎え、自宅に搬送すると子供達が集まって部屋の片づけ、布団に寝せかドライアイス処置だけして「明日の昼前に来るから、それまでに片づけは済ませて欲しいと伝えて戻りました。
普通なら、安置、死化粧、打合せと続くのですが、その間は部屋の片づけはストップ、明日の朝に親戚でも来れば片づかないままの部屋だからです。
翌日昼前から白幕張りからスタート、息子達にも手伝わせ台所は見えないけど、お茶等は入れられる迷路のように張ると、家族全員で末期の水をとり死化粧を始めます。
げっそり痩せた頬に含み綿を入れ死化粧を始めると、足元に家族全員が正座して真剣に見てる姿を見ていたら、僕の口が勝手にしゃべり始めてました。
「あれから2カ月、皆お父さんの所に通い続けてくれましたね。年末に次男と逢った時に分かりましたが、次男は何で分かるの? って顔してたよね」
次男を見ると「コクッ」と頷き家族は全員「キョトン」とした顔です。
「それはね、最近我が侭になって母さんと喧嘩してますよって言ったでしょ」
「人はね、遠慮してたら我が侭は言いません。我が侭が言えるくらい家族が毎日通ってくれた証拠、だからお父さんも全ての気力を使い切るまで頑張った2カ月なのは、痩せ細ったお父さん身体が証明してくれてます。みんなありがとうね」
死化粧をする僕の目に入ったのは、家族全員が僕の言葉に頷きながらの泣き顔、でもそれは後悔の涙でなく各々ができる事をした満足感の涙でした。
葬式前日の湯かん納棺では、親戚が無責任な暴言を吐けないよう釘を刺しながらの先導で問題なく終了、葬式後に線香を供えに来てくれたお母さんの友人から「葬式までの日程が少し長くなかった?」と言われたらしく確認されました。
「家が好きな人だからゆっくりさせてあげたいと言ってたでしょ。だから家族だけで過ごせる1日を設定した日程にしたんですよ」と伝えると笑顔でお礼を言ってました。
逝去までの2カ月間が葬式でした
この家族の葬式を経験させて貰えた事で、葬式とは宗教儀式の事でなく対象者と家族が互いに永遠の別れを受け入れる為の時間である事、逝去時に葬式は済んでおり、俗に言う死後の葬式は肉体を処理する為の時間でしかない事も分かりました。
以降は余命宣告された事前相談では、今しかできない事、今しておくべき事を中心に話し、もしもの時は、これからの財布事情を最優先した葬式をする事、残る家族の生活に支障が出る葬式は絶対にしないことなど話す事前相談になってました。
存命中にしておきたい事
① スマホで動画と声を残しておく
② 通帳(暗証番号)・生命保険・有価証券など全て確認する
③ 写真を持って行き人生を振り返る
④ 遺言書の有無を確認する
⑤ 行きたい場所・食べたい物など希望を叶える
⑥ 家族に伝えたい事の確認をする
⑦ 希望や望みは全て受け入れる姿勢で聞く
(但し無理な事をする必要はない)
⑧ 財布事情に合わせた葬式をしてくれる葬儀屋を探しておく
(正確な見積り額を出して貰う。出せない葬儀屋は論外)
⑨ 温かい葬式を希望するなら家族が気を使う親戚は呼ばない事
⑩ 経験則で言うと少人数の葬式で無ければ温かくは成らない
⑪ 故人が希望した葬式である旨を親戚に伝え実行する
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